「フクちゃん」閉店

 早大西門通りにある定食屋「フクちゃん」が本日をもって閉店と聞き、これは学生時代1週間の夕食を「フクちゃん」と「ママハウス」と「メーヤウ」と「キッチン南海」と「ワセ弁」のヘビーローテーション(こうして書いてみると本当にヘビーだ)で回してきた身としては行くしかないと思い、何年かぶりでチーメンを喰らってきた。
 さて、まずご存じない方のために「フクちゃん」とはどんな店なのかということを説明しておこう。ここの親父さん、トンカツやメンチカツの中にいろんなものを入れてしまうのだ。んでもって「チーメン」とは、「チーズメンチカツ」の略称、即ちチーズを肉で包んで揚げたメンチカツである。
 チーズ自体は肉との相性も良いし、それをカツやメンチの中に入れることは別に珍しくはないが、この「フクちゃん」の場合は親父さんの旺盛な冒険心のたまものか、それだけに止まらない。チーメン、梅メンチ、ウズラメンチ、チーとん等の比較的味も想像がつき、まあ万人ウケしそうなものから、納豆メンチ、バナナメンチなどちょっと人を選びそうなもの(バナナメンチはゲテものではないか、という意見もあるだろうが、私の知る限りでは少なくとも二人はバナナメンチファンが存在する。私は食べたことないが)、シラスメンチ、ピーナツメンチなどの具材を肉で包む意義を今ひとつはかりかねるもの、さらにはチョコとん、チョコメンチという普通に考えたらまずあり得ない組み合わせまで、そのメニューのバリエーションは様々である(まあ基本的にはカツとメンチなんだけどね)。念のために言っておくが、「チョコとん」、「チョコメンチ」とはチョコを中に入れて揚げたトンカツ、メンチカツのであって、それ以外の何かではあり得ない。「親父さんはチョコとんを自分で試食したことがあるのか(→自分で喰ったこともないものを学生に喰わせるのかよ)?」などと言われたりしつつも、多くの学生に愛された店であった。チョコとんがあまりにも悪目立ちしているので誤解する向きもあるかもしれないが、もちろんチョコとんだけだけの店ではなかった(大体からして「フクちゃん」の客全員がチョコとんを頼むわけではない。チョコとん経験者の大部分は、入学直後に怖いもの見たさで頼んで以降、二度と頼むことはなかったはずだし、私は実はチョコとん未経験者だったりする。え、ヘタレ?なんとでも言ってくれ)。メンチもカツも決して上等なものではないけれども、B級なりに旨かったし、ハラペコの学生を満足させるだけの量(ご飯などは、普通盛りでも他店の大盛りなみどころか下手をするとそれ以上なのだから)は、貧乏学生には有り難かった。
 メニューでキャラ立ちしている店という意味では、早大生の間では同じ早大西門通りの牛めし屋「三品」と双璧をなす存在であったが、なんでも親父さんが3月から漕艇部の寮長になるとかで、33年3ヶ月の歴史に幕を閉じることとなったのだそうだ。つうか創業当時からチョコとんがあったかどうかは定かではないが、親父さんは私が生まれるよりも前から西早稲田の地でカツやメンチを揚げ続けていたんだな、と思うと実に感慨深い。
 最終日だけあって、店の前は大変な行列で、寒空の下一時間も待つはめになってしまったが、3年ぶりに食べたチーメンの味は全く変わることなくしっかりB級なりの旨さで、一部で「ワセ油」などと称される安い油の味は懐かしくも学生時代を思い出させるものだった。30過ぎた体には油も量もちょっときつくて、昼に食べたのに夜中まで胃にもたれたのは参ったけど。心残りと言えば、ついに「フクちゃん」閉店までチョコとんを食べず仕舞いになってしまったことだが、これは永遠に心残りのままでよかったかもしれない。
 懐かしついでに大学周辺を散歩してみたが、法学部のあった校舎が取り壊され、新棟への建て替えが始まっているようで、学生時代に見慣れたキャンパスの風景も確実に変わっているのだな、と改めて感じた。そんな中にあっても、三品は米国BSE発生の余波で牛丼休止が相次いでいる大手チェーンなどはどこ吹く風で頑張っているようだった。店頭に張り紙一枚ないのだから、なんとも潔い態度である。私自身は、三品はどうも好きになれなくて、学生時代片手で数えられるほどしか行っていなかったのだが、フクちゃんが閉店してしまう今となっては、早大周辺の名物店として末永く頑張って欲しいものである。